Skippers and Boats.


New York Vendeeに参加するスキッパーと参加艇の資料が翻訳されました。

2016年5月24日現在14名が挑戦します。このレースは11月6日スタートのVendee Globe 2016~2017の予備レースになります。このレースで基準値をクリアーできないと本戦に参加できません.

ニューヨークスタートは5月29日日曜日午後4時現地時間です。日本時間5月30日月曜日午前6時。このHPではスタートの様子を動画中継する予定です。

その後のトラッキングは中継ページでリアルタイムにご覧いただけます。

 

A detail notes for the Skippers and Boats has been translated.

14 skippers will challenge. (as of May.24 2016.)

New York vendee (to Les Sables d' Olonne in France) is a prerequisite race to join the Vendee Globe 2016~2017 on Nov.06 from Les Sables d' Olonne.

A start time in NY will be 5:00PM on Sunday May.29 at NY time. Japanese time 6:00AM on the Monday morning 6:00AM May 30.

We will transmit the view of race start on our HP window. After starting, you can view race tracks on our tracking page. 

 


Photographs by IMOCA Ocean Masters.

Alex Thomson.(GBR)

Hugo Boss

クリーン・マリンで建造され2015年の夏に進水した、アレックス・トムソンの新艇は、ナンドール・ファのSpirit of Hugary の例外を除く、他の新艇のようにフォイル装備を持ったVPLP-ベルディエールのデサインです。アレックス・トムソンは、ボートに勝つ能力ばかりを求めていました、が、しかし、パール・メハットのSMAのケースと同じく、アレックスがダブルハンドでの大西洋横断レース中に彼のボートを見捨てざるを得なくなったことがあった後、これらの夢は消滅するかもしれないという非情な怖れを我々は持たなくてはならないのだ、ということを自問しました。ボートは幸いにも復元されました。このやりにくい初めてのレースの後、ヒューゴ・ボスは修理され、再戦力化されました。彼女の上品な姿は誰からも注視され、大変に競争力のある艇になりました。

Kojiro Shiraishi.(JPN)

Spirit of Yukoh

彼女が2007年に進水してから、この60フィートの船は幾人かの優れたセーラー達の手を転々としました。2008~2009 Vendee Globe でジョセ・セバスチャン、2010年のルート・デ・ラム でのローランド・ジョルディンの勝利、2012~2013 Vendee Globe でアレックス・トムソン3位入賞、そして最も最近ではバルセロナ・ワールド・レースでのガレリオ・アルタディルとジョセ・ムノッツの2位入賞。彼女はそれゆえに最も多くの成功記録を持つ格式のある艇の一つです。彼女は良い成績を上げた信頼性の高い艇です。ファーの設計には余分なものがなく、効率を追求する部分はどこなのか理解してデザインされています。

Vincent Riou.(FRA)

PRB

2010年の3月に最初に進水して以来、2014年までにPRBは大変に多くの試練を経験したので、有名なナンバー85(バンディーの名前に恥じない5世IMOCA5艇)は実際には新艇と同じになっています。キールからダガ―ボードや舵に至るまですべての物が検査され作動させられました。そうして快速で、信頼性が高く、万能なボートは、彼女のスキッパーと一体化した艇になりました。彼女は船隊の中でも最も幅の狭い船の一つですが、彼女にほとんど力を損なわせることなく重量にも優位性を持っています。どんなことにも対応力を持った素晴らしいボートです。PRBは2015年のいろいろなことに全て勝利しました。そのシーズン中のIMOCAクラスのすべてのスキッパーのお手本になりました。大西洋横断を前にして、より多くの優れた調整作業が続けられています。彼女のスキッパーにとって、PRBは「おそらく全船隊の中で帆走するのに最もやりやすい艇の一つ」です。これは力を出すための重さの指数に大きく依存していて、彼女は軽いボートとして、彼女の最大限の力に引き出すのに相対的に小さなセールで済んでいます。



Jean-Francois Pellet(FRN)

come in vendee

ジオバニー・ソルディーニが2000年のバンデグローブに挑戦するためにイタリーで建造されたこのIMOCA艇を保有していました。しかし、彼は1999年のアロウンド・アローンで勝ったにもかかわらず、自分の野望を完遂していません。2002年にフィガロレーサーのアントニー・コーチもまた海のエヴェレストに魅了されこのボートを買いました。しかしながら、彼は、2006年にサー・ロビン・ノックスにボートを売却する前に、ちょうどルート・デユ・ラム とジャックス・バブレ横断レースに挑戦したところで終わってしまいました。そしてグレイ・パワーと名前を変えたこのボートに乗って、イギリスのセーラーが他のイベント、2007年のVelux 5 Oceans と2014年のRルート・デユ・ラム (20日間と7時間)に挑戦しました。そして、小さなウィングマストと、アウトリガーとカンディングキールを付けた、この艇は2015年後半にこの第8回バンデグローブ船隊の先駆者、ジェフ・ペレットによって購入されました。

Paul Meilhut.(FRN)

SMA

私たちはこのタイトル保持艇を注視しています。ポールはこの旧マシフに乗って航海する予定です。それはフランコ・ガバートが最近のレースで非常にうまく帆走した艇です。完全な成功艇リストに載っているボート、そしてそれは、少なくともIMOCAの新世代のボートが現れるまで、最高の性能を持っていました。マシフの名前のもとでこのモノハル艇は、バンデグローブ、ルート・デユ・ラム、そしてファストネットなどで勝ち、グランドスラムを達成しました。私たちはボートで多くの恐怖を味わいます。この冬、深刻な負傷をしたポール・メイルハットが彼女を海に放棄せざるを得なくなりました。しかしながら、SMAはアゾレス諸島からアイルランドへの漂流したあと、最後の瞬間で救援されした。いくつかの信じがたい状態を克服して、彼女は今、ミカエル・デスジョイークスによって運営されているメアー・アジテ・チームによって修復されています。彼女のキールとマストは取り換えられて、SMAは完全な形に整備されました。それはバンデグローブの先頭集団に戻れる可能性が艇に与えたことを物語っています。

Armel Le Cleac'h.(FRN)

Banque Populaire VIII

アルメル・レ・クリーチの最新のボートは同じくVPLP-ベルヂエールがデザインしたボートです。そのいく部分かは(特に船体)モーガン・ラグラビエーレのサフランⅡをデザインしたチームとの共同設計です。バンデグローブの記録を2日短縮してみせる水中翼を装備し、この新艇は追い風での性能向上のために設計されました。2015年の6月に進水したこのモノハル艇はスキッパーを彼が目指している表彰台の一番上に導く可能性を持っています。最近、2位だった大西洋横断ダブルハンドレースの期間を通して、私たちはこのバンク・ポプレイルが彼女の良好な調整のおかげで最も進んだ新しいフォイル艇だと理解することができました。アルメル・レ・クリーチは彼の素晴らしいボートの可能性に絶大な自信を持っています。



Stephane Le Diraison(F)

Energies marines renouvelables

フィモット・コンクのデザインした最新のIMOCA艇はもともとアレックス・トムソンのために設計されました。実際に彼女は2008~2009バンデグローブで2位になった旧ブリントエアー(バートランド・デ・ブロックスのMACSF) のアルメール・レ・クリーチの姉妹艇です。幅広で力強いこのボートは、特に2007~2008のバルセロナ・ワールド・レースでの24時間に500マイル以上をカバーした最初のIMOCA艇になったことによって、彼女になにができるのかを示しました。ステファン・レ・ディレイゾンはアレックス・トムソン(2008~2009)とジビグニイウ・ガツノウスキー(2012~2013)が失敗した後で、彼女によって完走する最初のスキッパーになろうとしています。

Morgan LaGraviere(F)

Safran

モーガン・ラグラビエールは2016~2017バンデグローブのために進水した新しいVPLP-ベルヂエールがデザインした6隻の艇の中の最初のサフランにセールを揚げたように、古い艇にはセールを決して揚げません。この60フィートIMOCA艇はフォイルと追い風の中で性能を上げるための付属装備を装着しています。サフランは、船尾に向けてより平たく、そして船首でよりたくさんの容積を支えるような強力な船体を持っています。艇をコクピットで操作しやすいようにするため、設計思想は強力なボートであったマリク・ギルモットがスキッパーだった最初のサフランを土台にしてに作るというものでした。世界一周の初めてのレースのために、モーガン・ラグラビエールは明らかに彼の野心を満たしてくれるに違いないボートを手に入れました。サフラン、この名前を付けた2隻目の艇はすでに黄色い蛍光塗料の塗られたフォイルによって増加させたある信じがたい最高速度に到達しています。モーガン・ラグラビエールは今、ローランド・ジョルダンと一緒に彼らが行う素晴らしい調整を行いながら作業しています。

Sebastien Josse.(FRN)

edmond de rotschild

ベールを脱いだ第三世代のモノハルIMOCA艇は彼女たちの年上の姉妹たち -サフランとバンク・デ・ポプレイル- と多くの共通点、特に彼女の船体の形に、共通点を持っています。VPLP-ベルヂエールとギタナ・チームの調査チームとの密接な共同作業にもかかわらず、セバスチャン・ジョセの60フィートIMOCA艇は、微妙な違い、コクピットは大変に開放的で低く下がり、フォイルは違う形状をしており、レイアウトと内装にも微妙な違いを持っています。大変に軽い、この新しいプロトタイプはよりよく性能を発揮するために設計されています。セバスチャン・ジョセは2008~2009バンデグローブでの彼の棄権の後、信頼性を優先することにしています。

訓練セッションを通じて、彼女はそこで高い性能によって、アルメル・レ・クリーチのバンク・デ・ポピュラリエールと一緒に、船隊の中の最も早いフォイル艇の一つになりました。



Ari Huusela.(FIN)

Flying with Finnair

このボートは誰よりも自分の海の道について知っています。彼女は過去4回のバンデグローブレースに参加し、そして完走しています。大会の遺産です。このフィノット・コンクのデザイン艇は1998年に進水し、ソデボの名前で2000年にトーマス・コビレに操船され、それから2004年のレースでは5位になったセバスチャン・ジョセによって海のエヴェレストの一角を占めました。彼女は2008~2009のバンデイレースで7位に入ったアルナンド・ボイッシャーが操船したアケナ・ベランダスになりました。またその前に、2006年にルート・デユ・ラムでアルメル・レ・クリーチによって操船され、その時にはブリント・エアーと呼ばれていました。最終的に彼女はチーム・プラスティークの名前になり、直近のバンデグローブでアレサンドリオ・ディ・ベネデットによって操船されました。したがって彼女は間違いなく他のIMOCA艇以上に多くの帆走距離数を刻んでいます。そして未だに引退していません。今このボートはラ・フォレット港のマー・アジテで重要な修理を完了しました。そして彼女はこの3月に再就役しました。

Peter Heerema.(FRN)

no way back

ノー・ウェイ・バックは旧ベント・ディ・サルデグナです。VPLP-ベルヂエールがデザインした最も新しい世代のボートでもともとはイタリアのスキッパー、アドレア・ヌラのために、彼のスポンサーがイタリアの経済危機のために降りざるを得なくなる前に、建造されました。その結果、彼女は、アルメル・レ・クリーチの新艇バンク・デ・ポピュラリエールとモーガン・ラグラビエールのサフランとほとんど同型のフォイル付きの新艇です。イタリーのペルシコ・マリン・ヤードで建造され、昨年の8月に進水しました。この60フィート艇はバンデグローブで優勝する可能性があるように設計されています。彼女はジャックス・ラブレ横断レースでのフォイルによって受けたダメージを修復するために、ロリアンのCDKヤードでいまちょうど再戦力化されたばかりです。彼女は彼女の元の名前では決してどのレースにも出ませんが、技術的な逸品で新艇です。ピエーター・ヘレマはどのように彼女を扱うかを学ばなければなりません。そしてそのためにミカエル・デスジョイオックスのマー・アジテ・チームによってサポートされています。それに勝る良い先生はいません。一方で、ピエーターが彼の大事な目的を達成するためには簡単に言えばレースを完走することです。このすばらしい艇でおそらく彼はレース熱に取りつかれていることでしょう。

Yann Elies.(FRN)

queguiner-leucemie espoir

ヤンは2009年のバンデグローブで3位入賞した旧マルク・ギルモットが乗った艇を艤装しています。彼女はVPLPデザインチームとグイラム・ベルディエールによってなされた作業の結晶である最初のIMOCA艇で、すべての世代のボートにとっての先駆けの艇です。それ以降、誰もがこの軽さと力強さを微妙に会わせ持つことを求めました。11月29日(*11月6日?)は、ヤンと彼のチームによって性能を最高までに高められて、彼女自身が自分を証明することが求められています。彼女の新しいスキッパーは、「彼女は伝説的なボートだ。そして今でも性能がすばらしい、」と言います。(*バンデイ出発日は11月6日)



Jean Pierrz DICK.(FRN)

ST Michel-virbac

この艇はジーン・ピレッツ・ディックが彼の4度目のバンデグローブにもう一度挑戦するための新艇です。「2016年には私は51歳になります。これはホリー・グレイルが私にくれた言葉です。”君はまだその歳で、ロイック・ペイロンがルート・デユ・ラムで私たちに示したごとく、勝つことができる”」と彼は言います。今回はニュージーランドではなく、極めて単純にフランスのマルチプラスト・ヤードで建造されました。彼女はフォイル装備をしています。調査研究はパプレックーヴェルバック2とギタナ80の2つのチームの間でかつて行われたように、ギタナ・チームと一緒に船の上で行われました。私たちは彼女の最初のレースの後、彼女が進水した数週間後に、ジャクエス・バブレ横断レースを棄権させて追加工事をしなければなりませんでした。ジーン・ピレッツ・ディックのボートはボートの構造を再修理しました。これは彼により以上の自信を与えることができるでしょう。賢明な選択でした。

Tnaguy De LaMotte.(F)

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このボートは彼女の航路をすでに2度航海したので海の道の周辺をよく知っています。タングレイは前回アルナウド・ボシュレスが操船した旧アケナを今回艤装しています。それは2008~2009バンデグローブでビンセント・リオウが乗った旧PRBに他なりません。彼タングレイが前回レースに使った「ペンギン」よりも10年以上も若く新しい、よりよい性能のボートです。それに加えて、新しイニシアティブス・コユールにある重大な改装を行いました。船首の初めから8mは、より容積を持ち、より力を出せるように、完全に交換されました。タングリーはこの案を当然のこととして思いつきました。そして作業をすぐそばで観察していました。彼は結局ボートデザイナーなのです。

Conrad Colman.(NZ)

100% natural energy

2005年に進水したこのIMOCA60艇は、2人のブラジル人スキッパー、ウオルター・アントネスとラファエル・コルデファイの手によってジャクエス・バブレ横断レースのスタートと同じ年に艤装されました。それから、ボートは2008~2009バンデグローブに参加したジーン・バプティスト・デジャンティによって買取られました。しかし、多くのダメージを受けてスキッパーはコースを変えざるを得ませんでした。そして棄権しました。それ以来、このボートは企業や個人に旅行を提供するセンセーション・オーシャン・カンパニーに所属して、主なレースには出ていません。

バンデグローブを楽しみに待ちながら、コンラッド・コールマンは彼女を確実な信頼性を持つ艇に仕上げるための作業を始めています。



Jeremie Beyou.(FRN)

maitre coq

まさに数時間で勝利を見逃した、これは2013年のバンデグローブでレ・サブレス・デ・オロヌ港でのフィニッシュでアルメル・レ・クリーチとフランコス・ガバートの明暗を分けた言葉です。ボートは2位で戻ってきました。それはそんなに悪いことではありません。VPLP-ベルヂエールがデザインした5番目のボート、彼女は1世代前の最後のボートです。しかし、大変な競争力を残しています。そして私たちはジェレミエ・ビヨーが彼のボートに優れた調整を施しているのを知っています。彼がそれで得るものが彼を表彰台に導いてくれるでしょう。実際に、彼のチームと一緒に、ジェレミエ・ビヨーは、追い風で帆走する時に船体を持ち上げるられるように、彼の艇、マイテュレ・コクにフォイルを付けることを決断しました。これは彼女の性能を増すに違いありません。2016年の初めには、この変更の作業が進行中でした。

Fabrice Amedeo.(FRN)

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コンセプトは2008~2009バンデグローブのためにロイック・ペロンによって描かれました。このボートはファーによって設計され、ニュージーランドで建造されました。そして彼女が航海する時にはいつも最上級の名称を得ていました。シナーシャル、それは彼女が前回のバンデグローブで5位に入ったジーン・レ・カムのボートだった時の名前です。彼女は前回のバルセロナ・ワールド・レースで3位に入り表彰台に立ちました。信頼性があり、そして早さを残すように考えられたファブリス・アメディオにとって良いボート。作業は現在艇の上で行われています。